2008/02/09(土)
感動の「心の花束」』
榊原さん
いつの世でも、どこの誰でも、きれいな花束を貰って喜ばない
人はいない。

でも、本当の花束よりも、もっと感動的なのが「心の花束」。
これで、ほかの人の人生を、花一杯にすることができる。
心の花束は、「感謝」、「思いやり」、「親切」、「賞賛」、
「ほめ言葉」、「関心」、「気づかい」などなどのこと。 こ
の花は、いくら摘み取っても、なくなることはない。 いやむ
しろ、あげればあげるほど、どんどんと自分の心の庭で育って
くる。 

一輪の花。これはさらに最高に感動的。 恋人からの真紅のバ
ラの一輪、思うだけでゾクゾクする。
「一輪の心の花」も同じように最高の感動ものだ。 ちょっと
したひとこと、小さな親切、笑顔でのウインク、ありがとうの
ひとこと、頑張ったねの励まし、これらが一輪の心の花だ。

ただ、一輪の花を贈る場合、注意することが一つある。 一輪
の心の花の場合も同じ。
それは、「香りがあるうちに贈る」ということ。 気がついた
らすぐに間髪入れずに贈るということ。
あなたのときどきの一輪の小さな心の花は、人々に生きる力、
努力することの価値、大きな希望と感動をあたえ続けている。
 

香り高い心の花を贈ると嬉しいことがある。 
それは、自分に何ともいえない幸せの「残り香」が漂うから、
、、、
2008/01/19(土)
「オヤジの手料理」の感動』
先日近所の魚屋さんで、「自家製」と書いてある塩辛が目につき、早速買って食した。
減塩ではなく、昔の辛い塩辛。なぜか、とても懐かしく、そして美味しかった。

「手料理」、この言葉にも懐かしさと美味しさが一杯詰まっている。

実は料理をつくることほど、脳を活性化させ、そして感動を創りだす行為は、他にはない。
料理を創ることは感動を創ること。何を創ろうかと思う思考、食材の購入、味付けの工夫、
食器の選択と盛り付けの技、すべてがクリエイティブで、脳の前頭葉をガンガン刺激する。
さらに、食べてくれる人のことを考えると、もう、料理中からワクワクとして、嬉しくて
たまらない。

家族や恋人のために創る手料理は、とくに大きな感動を生む。 
一緒に食べながら、会話が弾む、思い出ができる、笑顔が膨らむ。

さらに、父親の創った手料理は、見栄えも良くなく、味もいまいちだが、これが世界最高!
食べる子供たちは、父親の手料理の「押し付け」に、やがて、大きな感動を得て、家族の絆が
ドンドン強くなっていく。子供の心に、お袋の味に負けない「オヤジの味」が誕生する。

(奥様が難病で入院し、自分で主婦役も開始した親友の「しがっち」に思いを馳せて。 
奥様の一日も早い全快を祈っています。)

2008/01/12(土)
ほめて、ほめて、ほめて、ほめて、、、、』
榊原さん
ダイエーの副会長の林文子さんは、「ほめて、ほめて、ほめて
、、、天にも昇るような気持ちにさせて、社員を元気にする」
ということを実践されている。
ほめるというのは「感動を創ること」、ほめられるというのは
「感動を貰うこと」で、元気だしには最高のやり方であると思
う。
感動は、作る喜び、貰う喜び、そして、感動を貰うと、お返し
がしたくなるから、喜びがどんどん拡大していく。

ほめ方も、実は秘訣があるそうだ。
ただ、ほめるのではなくて、部下の光るところをひとつ見つけ
て、そこをほめると部下は大きく育ち始める。さらに続けてほ
めると、部下全体が輝いて光ってくるそうだ。
たとえば、最近子供が生まれた部下ならば、「パパになると、
すごい、頑張りが違うね!」とか、お酒が好きな部下ならば、
「このところ調子いいね、お酒も美味しいでしょう。」という
ように、一人一人に向けて、特別なほめ言葉を用意するがコツ
だそうだ。

脳は、深い部位に本能を支配する「爬虫類脳」、中間地帯は「
哺乳類脳」そして大脳の皮質部分は喜怒哀楽を支配する「人間
脳」がある。部下を叱り続けると、部下の脳は萎縮して、「爬
虫類脳」しか動かなくなる。子育ても全く同じ。
一方、ほめ続けると、「人間脳」がどんどん発達する。

部下や子供を叱り続けて、爬虫類にしてしまい、だからさらに
叱って、もっともっと爬虫類にしている上長や親も、世の中に
はたくさんいるかもしれない、、、、

2008/01/05(土)
感動人の脳年齢は若い』
榊原さん
「感動」の反対語は? 
無感動? いやこれは違う。 無感動は感動のひとつだろう。
「空しさ、徒労、退屈、無関心」などが反対語のような気がする。 この反対語の世界では、脳が不活性の状態で、脳の老化がどんどん進んでいる。 若くても感動しない人の脳年齢はきわめて高い。
 
一方、感動しているときは、脳の最大の神経細胞であるA10神経から、前頭葉に快楽ホルモンが大量に分泌されて、脳は大活性化される。 感動の世界では、活き活きワクワクする恍惚感、達成感、幸福感が脳に満ち溢れている。 
人間の細胞の中で、若返るのは脳細胞だけ。 だから感動する人の脳年齢はいつも若い。 感動人は年齢に関係なく、いつも全身に活力がみなぎっていて、顔はキラキラ輝いている。 感動は心を癒すから、気持ちも穏やかで、戦いをしないのが感動人。 

ところで、「愛する」の反対語は?
愛さない、ではない。「無視する」が愛するの反対語。 人から受ける「仕打ち」の中で、もっとも辛いのが、無視されること。

感動の心を持って、愛情豊かな人の毎日は、素晴らしいドラマの連続だと思う。 
2007/12/31(月)
大晦日の夕日に手を合わす感動』
榊原さん
毎年の「初日の出」に手を合わせて、願掛けをする人はとても多い。
今年も良いことありますように、家内安全、健康でありますようにというように、いわば「欲しいものの列挙」をする。 早起きをして拝む元旦の初日は、確かに心がワクワクし、そして安らぐ。

一方、大晦日の最後の夕日を拝む習慣はないし、拝む人も殆どいない。 初日と最後の夕日の時差はわずかに12時間程度、ちょっと前の全く同じ太陽なのに。 
最後の夕日を拝むとしたら、間違いなくその内容は、今年も無事でした、元気でした、ありがとうという「感謝することの列挙」のはず。 

こう考えると、初日の出よりも最後の夕日に手を合わせることの価値、感動ははるかに大きいのではないだろうか。 

輝く太陽と過ぎ行く年に感謝し、明日からの新年に思いを馳せて、大晦日の夕日を拝んでみませんか。
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